差異と反復 下
https://gyazo.com/16fd69886b14e46858f76bd1509bfba1
4章 差異の理念的総合
そもそも理念ってなんだ?
経験の中には対応するものがないけれど思考にとって必要な概念として位置づけ
「世界全体」や「魂」や「神」は経験できないけれど、思考はそれらを必要とする。悟性概念(カテゴリー)が経験的対象を規定するのに対して、理念は経験を超えたところで思考を導く
理念とは、現実化された個々のものの背後にある潜在的な問題の構造であり、それ自体は未規定だけれど差異的な関係として規定可能であり、現実化において完全に規定されるrkasu.icon
なるほどー!!!!
一般的な意味的に理念 (Philosophy)は 存在意義や根本的な価値観(普遍的)
これは哲学として考えると違うよ
例:微分方程式
dy/dxにおいてdyとdxはそれぞれ単独では値が確定しない(未規定)
しかしdyとdxの関係は規定可能
特定の条件のもとで展開されるとぐたいてきな解の曲線が生成される(完全な規定)
微分の構造こそが差異の哲学にとってのモデルになっていると言っている
プラトンのイデアは美とか善のようなものとして扱っているがドゥルーズはそうじゃないという批判 イデアは原子論的、生物学的、マルクス的なタイプがある
どのタイプでも共通しているのは、理念は具体的な現実のものではなく、現実化を規定する潜在的な関係の構造だということ
異なるタイプの理念が互いに排除し合うのではなく共存している
つまりプラトンのイデアは固定された同一的な本質だけどそうではなく理念は固定された本質ではなく、差異的な関係の動的な構造
プラトンのイデアについてはちゃんと別で勉強しないとなrkasu.icon
前に読んだことあるが浅い理解なので
音韻論では、たとえば「p」と「b」の区別は、それぞれが何か積極的な本質を持っているから区別されるのではなく、両者の差異によってのみ区別されます。「p」は「bでない」ことによって「p」であり、「b」は「pでない」ことによって「b」である。
差異とは否定のことではないかと思いがちだけど実際はちがう?
。「pはbでない」という否定の命題が成り立つためには、pとbの間の差異がすでに存在していなければならない
否定が差異を生み出すのではなく、差異が先にあるからこそ否定的な表現が可能
差異を否定に翻訳してしまうと差異の本性を見誤る
潜在的なものは実在的なものには対立しない
ただアクチュアルなものに対立するのみ
現実に起きることは、あらかじめ想定された可能性の実現ではなく、潜在的な構造が差異化した結果
世界は可能性の実現として動いているのではなく、潜在的な差異の構造が現実化=差異化する運動として動いている
わかるようでわからないなrkasu.icon
強度について
分割できる量
10メートルの棒をは半分にすると5メートルが2つになる
分割しても性質は変わらない、空間的な人狩り、長さ、面積なんかはこれ
延長的な量
40℃のお湯を分割すると性質が変わってしまう
これをふたつに分割しても20℃にはならない。40℃のまま
強度という中に差異を含んでいる?
https://gyazo.com/cd0a83d33748bff5abc477d0d3ea5292
マジで「強度」がわからんので調べないといけない